2008年08月24日
八百万の神様

先日の「クリーン帯山」での『食の勉強会』でのお話です。
いつもここでは、
直接的な『食』ではなく、
思いや心の持ちようや、
日本だけではなく自然全体から見た『私達の食』などのお話が多い。
で、先日のお話
。 日本は世界から見ても、とても特殊な宗教観?というか価値観を受け継いでいる。
何がかと言うと、
身の回りの全てのものに『神』が宿っていると受け継いできている事。
お米一粒にも『神』が宿っていると聞いた事が無いですか?
『お天道様』という言葉自体にこの思いは集約されていると私は思っているのですが、どうでしょう?
そしてこの感覚は、必ず『感謝』の気持ちで表していると思いませんか?
諸外国での宗教は、基本的に代表的な『カリスマ』が存在します。
そして思いは必ず『懇願』『祈願』『懺悔』がほとんど。
紀元前の宗教観では自然神を祭っている宗教が沢山あったので、それとはどう違うのかを質問してみましたが、
結局のところ、やはりそれでも大きく違う所が、この
『感謝』
以前、神社での本当のお参りの仕方をお話しました。
やはり私が感じていた事は正解で、
受験の祈願に参ったら
「受験をする年にまで成長しました。ありがとうございます。」
と参るのが本来。
年末年始であれば
「今年も1年健やかに過ごせました。ありがとうございました。」
と参る。
神社のお社には『ご神体』があります。
これはほとんどが『鏡』が置いてあります。
その鏡に参っている時、『鏡』に映っているのは何でしょう?
それは私達自身です。
ちょっと宗教的、哲学的になってきますが、
要は
『私たちはみな神である。あなたの中にも私の中にも神が存在し、そして私たちは神と一体である。』
って事なんですよね。
当て字というか屁理屈で言うと
「か が み」
は、真ん中の「が」を取ると
「かみ」
になる。
「我」と「神」
ちょっと凄くない?
「だからどうだ?」
と聞かれる方もいらしゃる方もいるかもしれないけど、この事をちょっと意識して生活するだけで、随分と生活が変わりそうな気がしませんか?
食事をする時にも
「お野菜などの食材に『神』を感じ『感謝』をして頂く。」
「日々の生活の中で、季節を感じ『感謝』をする。」
「お天気なら太陽の恵みを『感謝』し、雨であれば水の恵に『感謝』をする。」
常に既に私たちは生かされていて、恩恵を受け取っている
。 かなり幸せ度がUPしそうじゃないですか?

この記事へのトラックバックURL
http://titania.otemo-yan.net/t101700

