2008年05月16日
初めての後悔
実は先日、娘のパパが再婚する事が本人ではなく友人の口から私に伝わった。
私自身は離婚後、パパに対して感謝の気持ちが次々と湧いてきて、怨みつらみなどはまったく無く、今の私がある事はパパのお陰とも思っている。
ただ、、、
何で、娘に一番に相談をしてくれなかったか。。。。
これだけがどうしても許せずに、すぐに呼び出した。
パパは別れた私が言うのもなんだが、
「何しろとっても優しい人」
なのだ。
ただ優しいだけでは大事な人を守れない。
「優しい」対極には「優柔不断」があるのだから。。。。。
で、優しい事で言い出せずに居た事も良く理解できた。
ただ、何で最初に娘に話してくれなかったか。。。。
娘は地団駄踏んで「嫌ー!」と言える子ではない。
間違いなく嫌と思ってもパパを思って
「いいよ!」
と言う子。
だからこそ順番だけは間違わずに行って欲しかった。
私は自分の経験上、私の思春期の傷を踏まえながら、パパには娘が生まれる前から
「女の子にとってパパは特別な存在で、初めて接する異性なので、パパが誠実に接してくれていれば娘の恋愛観がずれ難くもなる。」
と話してお願いしていた。
それなのに、これ?
娘が学校から帰ってくるのを二人で待ちながら、色々と話し、私は初めて離婚した事を後悔した。
「私が離婚を言い出さなければ、こういう事も起きず、もしかしたら娘の心に傷を残すかもしれないこの事を起こさなくて済んだのに。。。。」
と。
でも、いつも娘に私は救われている。
結局の所、一番の大人は娘で、私とパパは娘によって救われた。
パパが再婚の事を話すと、
「お姉ちゃんと結婚するの?私、お姉ちゃん好きよ!だって優しいもん!」
パパが
「優しくないたい!」
と言うと
「だって前、ピンクのTシャツ貸してくれたたい!」
と5年ほど前に数回会っただけの記憶から言ってくれたのだった。
ほんとは優しくしてくれていなかったので、パパと二人で話し合って、彼女とは会わないで済むようにしていて5年ほどもう会っていなかったのに。。。。
子供とは、本当にすばらしい存在で、私達よりも数段上の清らかさで私達に与えてくれる事ばかりである。
親にしてもらえるありがたさを、また感じた。
私自身は離婚後、パパに対して感謝の気持ちが次々と湧いてきて、怨みつらみなどはまったく無く、今の私がある事はパパのお陰とも思っている。
ただ、、、
何で、娘に一番に相談をしてくれなかったか。。。。
これだけがどうしても許せずに、すぐに呼び出した。
パパは別れた私が言うのもなんだが、
「何しろとっても優しい人」
なのだ。
ただ優しいだけでは大事な人を守れない。
「優しい」対極には「優柔不断」があるのだから。。。。。
で、優しい事で言い出せずに居た事も良く理解できた。
ただ、何で最初に娘に話してくれなかったか。。。。
娘は地団駄踏んで「嫌ー!」と言える子ではない。
間違いなく嫌と思ってもパパを思って
「いいよ!」
と言う子。
だからこそ順番だけは間違わずに行って欲しかった。
私は自分の経験上、私の思春期の傷を踏まえながら、パパには娘が生まれる前から
「女の子にとってパパは特別な存在で、初めて接する異性なので、パパが誠実に接してくれていれば娘の恋愛観がずれ難くもなる。」
と話してお願いしていた。
それなのに、これ?
娘が学校から帰ってくるのを二人で待ちながら、色々と話し、私は初めて離婚した事を後悔した。
「私が離婚を言い出さなければ、こういう事も起きず、もしかしたら娘の心に傷を残すかもしれないこの事を起こさなくて済んだのに。。。。」
と。
でも、いつも娘に私は救われている。
結局の所、一番の大人は娘で、私とパパは娘によって救われた。
パパが再婚の事を話すと、
「お姉ちゃんと結婚するの?私、お姉ちゃん好きよ!だって優しいもん!」
パパが
「優しくないたい!」
と言うと
「だって前、ピンクのTシャツ貸してくれたたい!」
と5年ほど前に数回会っただけの記憶から言ってくれたのだった。
ほんとは優しくしてくれていなかったので、パパと二人で話し合って、彼女とは会わないで済むようにしていて5年ほどもう会っていなかったのに。。。。
子供とは、本当にすばらしい存在で、私達よりも数段上の清らかさで私達に与えてくれる事ばかりである。
親にしてもらえるありがたさを、また感じた。

