2010年10月20日

「越える」感覚。

そうそう!

もう一つ、友人が教えてくれた話です。





友人は矢沢永吉が大好きで、大ファン。





矢沢永吉のファンは、

特に男性は、

矢沢永吉のようなスタイルでコンサートに行っていますよね。

これ、どこの県でも、そうらしいのですよ。

「今日は、矢沢のコンサートだったんだぁ。」

って、

すぐに分かりますもんね。





あれが、

段々、ファンが高じてくると、

なぜか、

矢沢永吉を越えた気分になって、

矢沢永吉もどき。。。みたいになってくる人が居るらしい。





ファンの彼の中での意識は、

もう、矢沢永吉を超えているらしい。。。。のだ。





そして、

「超えた」から、

「越えた」と思っているから、

本物の矢沢栄吉を悪く言い出したり、

ケチを付け出したり、

そんな風になっていくらしい。。。。。のだ。





でも、

傍から見ていると、それは全然で。。。。





やっぱり、

本物の

「矢沢永吉に勝る物なし!!!」

となるらしいんだけど。(笑)
















どういうことか?

と言うと、





誰かに固執して、

誰かに執着して、

その憧れから、

「あんな風になりたい!」

と思って、

影響を喜んで受けとる。

そこから、

段々憧れを超えて、一体感が生まれて(勝手にね。)、

気が付くと、

その人を超えてしまった気になるらしいのです。





別に、

それも、その人の人生だから良いんだけど。















でもね。

それって、どうなんだろうか?





基準が、何だかズレている気がするんだよねぇ。





これって、

また、次のターゲットが出来てくるんだろうし、

満足する時って、来るんだろうか?





だって、矢沢永吉で言うなら、

彼を越えるって、

歌とかで芸能界で、、、、、

とか、

生き様で、、、、、

とか、

どう考えても、あんな波乱万丈な彼を越えるなんて、難しい訳で。。。。





「越えたい!」

と思うことが、

既に、とっても難しいハードルのような気がしませんか?





それに、結局は、

「誰かを越える!」

ってこと自体、

陸上スポーツとかでタイムとか数字が無い限り、無理だし、

無理なことを望んでいるから、

そこから、

でも、

自己肯定には進みたくって、

だから、

その憧れの相手をけなして、否定することで、

自己肯定に結びつける言動になっているんではないだろうか?





これって、とっても残念な話だよねぇ。















ブログでも、

誰かの影響を受けるって、ありますよね。





「あれ、この人の書き方って、誰かのブログと似てないか?」

とか、

何だろう、、、、

オリジナルな、自然体で書いてらっしゃるブログと、

誰かの影響を受けて書いてらっしゃるブログとでは、

雰囲気が違いますよね。





まぁ、影響を受けるのは良いことです。





誰かに憧れることも良いことですし、

「あぁなりたい!」

と、

目標を持つことも素敵なこと。





みんな、誰しも、

自分に自信が無い人ばかりですし、

私も、そうですしね。





だから、目標を求めて、

誰かを憧れる!

これは在りだと思うんです。





ただ、

最終の目的地は、

「憧れの人」

でも無く、

「憧れの人を超えること」

でも無い方が良い。。。。ですよね。















みなさん、

自分に自信が無いから、外を見だす。





外と比べて、

「同じ」ものを感じると安心したり、、、、

逆に、

「上下」を付けて、安心したり、、、、





でも、いつか、

オリジナルな自分を

「素敵だ!!!」

と、

自分で肯定しない限り、

いつになっても満たされることは無いんじゃないんだろうか。















私自身も、

まだまだ、

自分を、自信を持ってアピールするほどは出来ていません。





ただ、いつも、

私に自信を持たせてくれるのは、

今までやってきた、過去の経験と、実績と、

そして、

信頼する周りの友人やお客様や生徒さんがたと、

そして、

このブログでコミュニケーションをとって下さるみなさんと、

ダーリンと娘と家族。





これだけで、

私にとっては、充分な自信とサポートをもらっています。















さぁ、みなさんにとって、自信を与えてくれる存在は、

何ですか?

誰でしょうか?









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Posted by Titania at 08:37│Comments(4)スピリチュアルなお話。。。
この記事へのコメント
> 自身を与えてくれる存在

結局、最後に残るのは、自分自身なんですよね。。。

色んな方を、参考にはさせていただいて、
ちょっとだけ、一時的に執着しみてることはありますけど。。

自らの意識、自らの言動から 自信を生み出すんですよね。
Posted by さか at 2010年10月20日 23:40
すっごく分かりやすいお話ですね!!!
なるほど~・・と思いました。

ここまで行き過ぎてはない、と思うんですが
私の中にも大なり小なりある部分だな・・と思います。


初めてブログを始めた頃。
私は意識してたんですよね~
○○さん(女性作家)のような文章書きたい!!って。

でも、その文章の雰囲気と自分のスタイルが
ずれてきて
書き方にも変化が出てきてたんですが。


なぜに「なんか、最近。違うと思うんだよね~」と
どこか相手を非難する気持ち。
単純に好みが変わった(というより自分の好みが
はっきり自覚出来てきた・・・とかそういう具合?)
だけなんだろうに。

ナゼか、1つ落とす感じ・・・スミマセン

ブログを書き続けてきて、自分の書き方がある程度出来たからか

そういう非難は減ったようには思いますが

探せば自分の中にいくつかありそうな気がします。
はぁ~・・・
Posted by けいちゅん at 2010年10月21日 10:46
♪さかさん
そうですねぇ。
「執着」より、「フォーカス」くらいが良いのではないでしょうかねぇ。
私は、そのくらいにしながら楽しんで誰かを参考にさせてもらっていますよ。
でないと、オリジナルを作る前に落ち込んだり、凹んだり、しなくて良い傷付きもしそうでしょう。
で、目標は、素敵なオリジナルになる!って、ところで。
Posted by TitaniaTitania at 2010年10月22日 08:05
♪けいちゅん
たぶん、誰しもあるとは思うんだよ。
それが、後は、過ぎると危険ってとこなんだと思うんだよね。

作家さんなんかは、たまに、突然、書く内容から雰囲気まで、急に変わる方もいらっしゃるじゃない。
それは、その方の人生での何か大きな変化からそうなったりされるんだろうけど、
そこで、自分の好みじゃなくなったりした時に、人は非難しやすい。
非難せずに、ただ、ファンを止めれば良いだけの話なのにね。
これって、熱狂的なファンほど、なりやすいじゃない。
面白いよねぇ。
Posted by TitaniaTitania at 2010年10月22日 08:11
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